おはようございます!!
眠いです!!笑
低血圧だからなのか
夕方から夜にかけてがバイオリズム的に
私のゴールデンタイムだからなのか
(実際に、占いでもそうでました)
朝は、ボーーーーーっとしています
弱いです
使い物になりません!!!
朝の学校に間に合うように息子を送り届け(支援級なので送迎あり)
なんとか
息子を学校にやってからは
ひたすら
ぼーーーーっとタイムです 笑
すでに1時間も経過しております!! 笑笑笑
朝ごはんを食べに
事務所の近くのコメダ珈琲に行こうと思っていながら
それも
ぼーーーーっとしているので
できず 笑
さてさて
なんとか
メイクはしましたよ 笑
さてさて
昨日のことでも書きましょうかね
昨日は19時からアカシックの勉強会
マスターコース、という
私が習っているブッダスクールのアカシックの一番最後のクラス
マスターと言うだけあって
教える人、インストラクターになるため、のコースなので
インストラクター試験があります
アカシックのことのプチ講義と実技試験があります
教える人になるつもりは
全然、全くなかったのだけど
マスタークラスの前のプロクラスがわからなすぎて
というか
課題が全然できなくて
その消化不良のせいでしょうね
そのままマスタークラスに進みました
そして
もう終盤
ここまできて
ようやく
ああ、これまでやってきたことが
こんなふうな感じだったのね
と
全体を俯瞰することができるようになってきました
司法試験の時もそうだったのですが
何度も
これまで受けてきた講座のクラスに入らせてもらって
再度授業を聞かせてもらうと
どうやら私は入るようです
司法試験の時も
択一試験が受かった後に
当時通っていた伊藤誠の司法試験塾では
クラスマネージャーというものになれて
基礎クラスとかに入れるんですね
それで
なるべくたくさんのクラスに入って
何度も、何度も
繰り返し基礎クラスとか、これまでに受けてきたクラスをもう一度
受けることができるようになって
で、生徒さんからは質問されるから
それに必死になって答えて、ってやっていたら
試験に合格していました
生徒さんたちに
受かっていく姿を見せたい、というのもありましたね
いくら私が教えても
受かっていないのでは、説得力がないだろうな、と思って
そういう一存で
最後の年はがんばれて
合格することができたんだろうな
だから
合格してしまったあとは
燃え尽き症候群でした 笑
受かること、が、目的だったので
受かった後、の、ことを考えていなかったんですね
はい、まったく 笑
何になりたいとか(漠然と、全国転勤できるのがいいな、と、裁判官、と言っていました 笑)
どういう何になりたいとか(司法試験受かった後は、裁判官、検事、弁護士のどれかになるのです)
そういった
いわゆるヴィジョンといったものが
本当に、まったく、ありませんでした
だから
研修中の目的も
とりあえず、の、漠然の
裁判官になるために
成績は取っておかなくちゃ、とか
裁判所で、裁判官たちがどういう暮らしぶり?みたいなのをしているのか
とかは
なんとなく、興味を持って見ていましたかね
実際、先輩女性裁判官にも
聞いてみたり
でも、結局、裁判官にはなれなかったので
今思うと
全然意味なかったんですけどね 笑
今思うと
受験生の時には
本当に、漠然と
やはりヴィジョンがなかったので
漠然と、一番好きな科目が憲法だったので、
憲法使うのは、裁判官だけかな
という消去法だったり
ずっと東京生まれ東京育ちだったので
2〜3年ごとに全国を転勤できるのはいいな
美味しい水百選のところを回ろう!
くらいのつもりで裁判官!なんて言っていました 笑
そうこうしているうちに
受験生時代に付き合い始めた彼氏が
私より先に合格してしまい
その後も交際を続けていたことから
その彼が
最初弁護士志望だったのに
研修中に裁判官志望に転向して
その彼が
裁判官になったことから
なんとなく
私も
一緒にいるために、とか
未来が描きやすかったり、とかして
なんとなく
裁判官志望になったんですよね
って
こうして書いていて気づいたのは
こういう
消去法やなんとなく、の選択(特に私の場合、仕事柄、結婚した、というお話)
は
大抵、その後、うまくいかないものなのですよね 笑
親が結婚しろとうるさいから
家から出たいから
大失恋したから
失恋の傷を癒したいから
恋愛に失望したから
子供が欲しいから
子供を産む年齢のリミットだから
大抵
離婚のご相談に訪れる方たちに
結婚の経緯を聞くと
こういった
消極的な理由が多かったりもします
「この人が大好きで!!
とにかく離れたくないと思って!!
いつでも、一生、一緒にいたいと思って!!!」
といった
幸せルンルン🎶
超大恋愛♡♡♡
の末の
「なんでこうなるの?!!!!泣泣泣」
というのは
聞いたことがないなぁ
あ、お一人だけ、いたな 笑
そう考えると
私の両親の結婚経緯も
なんだか
そんな感じだったかな
当時、学生運動をバリバリやっていた
いわゆる思想派?の父に(東大出身弁護士、私ですらも理屈っぽ〜い!!かた〜〜〜い!!!と思うほど)
ついていけな〜いと思った
いわゆるノンポリ?お気楽女子大生だった母
父は
そんな
ノンポリでのんびりとしていた母が
癒しだったらしいのだけど
母からしたら
ついていけない自分はダメだ!!!
と
いわゆる
アルアルの
自分ダメだし、自己肯定感低い、をやってたらしいんだよね
だからか
母の方が、今は、思想がめんどくさい 笑
新しもの好きの父は
私から見ていると、この多様化の時代にマッチしようとしている感じ
そう
母は、多様化の時代を逆行しているな笑
まあ
昭和戦後生まれ世代はだいたいそうなのだろうけど
ってことで
ついていけないな〜
って
なぁんとなく
距離ができていたのかな???
そんな頃に
母のお父さんが亡くなりそうで
実家に帰ることになって
そこに
フラれてしまった?と勘違いした父が?(ここは母談なので、父の裏はとっていない)
母を迎えに行って、結婚を申し込んだことで結婚することになったらしい
いわゆる焼けボックリに火がついた??(使い方、あってる?)
という
なんて言うかな
上記のように
きちんと気持ちを伝え合って、感じあって、盛り上がって、
という状態で
結婚に至ったのではないらしい
あ、だから
やっぱり
離婚になっちゃったのかな
父は
今の奥さんとは
私から見ていてもこう言えるくらい
本当に
苦難を乗り越えて
それでも
一緒になりたいと思ってなった
二人なんだよね、みたいなんだよね
でね
結局、ね
これなんですよ
好きか どうか
結局
一番
ものすごく
シンプルで
単純なこと
好きか どうか
意味もなく
理由もわからず
好きだったら
がんばれるじゃないですか
がんばっちゃうじゃないですか
結局ね
ここが
踏ん張れる理由なんじゃないかと思うわけなんですよ
私もね
4度の離婚をしているのは
それが、理由
どうしても
何をしても
この人と一緒にいたい
というのまではなかった
だから、かな
3番目の元だんなさんは
「僕のことを大切に思っていな」
「そんなに好きじゃない」
って
よく言っていたな
彼は
わかっていたんだな、よく
そして
その3番目の元だんなさんの時に
スピリチュアルカウンセラーさんのところによく行って
すがりついた時に
守護霊さんに言われた言葉
「こいつから今度こそ学べよ」
これは
このこと、だったのかなぁ
って
なんだかんだ
長くなりましたね 笑
書いているうちに
ようやく
頭の霧が晴れてきましたので
まずは
コメダ珈琲で朝ごはん!
食べてきまーーーす
(本当はコメダでこれ、書こうと思ったのに、、、笑)